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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)1213号 判決

上告人

康昌福

右訴訟代理人

貝塚次郎

被上告人

李敬容

右訴訟代理人

濱野英夫

濱野歳男

主文

原判決中被上告人の上告人に対する本訴請求を認容した部分を破棄する。

前項の部分に関する被上告人の控訴を棄却する。

上告人のその余の上告を棄却する。

訴訟の総費用は、これを二分し、その一を上告人の、その余を被上告人の負担とする。

理由

上告代理人貝塚次郎の上告理由第一点及び第二点について

一本訴請求につき、原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

(1)  被上告人は、昭和四六年四月頃、訴外原隆光に対し、その所有にかかる第一審判決別紙目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を担保として金融機関から一二〇〇万円の融資を受けることにつきあつせんを依頼したが、その際、右金融の便をはかるため、被上告人において訴外原に対し本件不動産に抵当権(以下「本件原抵当権」という。)を設定したように仮装し、同年六月二五日付で第一審判決添付第二登記目録記載の抵当権設定登記を経由した、(2) ところが、訴外原は、被上告人の依頼の趣旨に反して、同年八月頃、右登記手続をした際に被上告人から交付を受けていた登記関係書類を利用して、本件原抵当権に転抵当権を設定する約定のもとに、訴外原自身が上告人から三回にわたり合計四九五万一〇〇〇円を借り受けた、(3) 上告人は、右貸付の際、本件原抵当権が仮装のものであることを全く知らせなかつた、(4) その後、上告人は、訴外原を被告として本件転抵当権の設定につき登記手続を求める訴を提起し、公示送達の方法により、昭和四八年二月二七目、請求認容の判決を得、同年六月二一日付で第一審判決添付第一登記目録記載の各転抵当権設定登記(以下「本件転抵当権設定登記」という。)を経由した。

被上告人の本訴請求は、上記(1)(2)の事実に基づき、上告人に対し、上記(4)の本件転抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるものである(なお、付言するに、記録によると、被上告人は、第一審において、当初は、(1) 訴外原に対し本件原抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるとともに、(2)同訴外人及び上告人に対し本件転抵当権設定登記の抹消登記手続を求め、更に、(3) 上告人に対し本件原抵当権設定登記の抹消登記に同意すべきことを求める訴を提起したが、第一審に係属中に、訴外原は被上告人の(1)の請求を認諾し、他方、被上告人は(3)の請求につきその請求の趣旨を上告人の同意のもとに撤回した結果、(2)の請求についてのみ審判されたものであることが認められる。しかし、右の(2)の請求は、原抵当権設定登記とは無関係に、転抵当権設定登記が実体上の権利関係と齟齬することを理由としてその抹消を求めるものではなく(所有権に基づく妨害排除請求としては、このような請求をすることはできない。)、(3)の請求と同様、(1)の抹消登記義務者訴外原との関係で右抹消登記を実現するにつきその妨げとなる上告人の本件転抵当権設定登記の抹消を求めようとするものであつて、実質的には(3)の請求と重複する請求であるところ、この場合における右登記の抹消については不動産登記法一四六条により原抵当権設定登記の抹消についての上告人の承諾を要し、かつ、これで足りるのであるから、(2)の請求すなわち本訴請求も、前記のような形式の変更にかかわらず、上告人に対し本件原抵当権設定登記の抹消の承諾を求めるものと解すべきである。)。

二次に、本訴請求についての原審の判断は、次のとおりである。すなわち、原審は、(1) 上告人が訴外原に対し金員を貸し付けて本件転抵当権の設定を受けた際、上告人は本件原抵当権が仮装のものであることを知らなかつたから、被上告人は上告人に対し本件原抵当権の無効をもつて対抗することができない、(2) しかし、転抵当権の取得をもつて原抵当権の抵当債務者に対抗するためには、民法三七六条の規定に従い、原抵当権者からその抵当債務者へ右転抵当権設定の通知がされるか、又は右抵当債務者の承諾があることが必要であるところ、本件においてはその点の主張・立証がない、(3) したがつて、上告人は本件転抵当権の取得をもつて被上告人に対抗することができない、として、被上告人の本訴請求を認容した。

三しかしながら、原抵当権が虚偽仮装のものであることにつき善意で転抵当権の設定を受けた者は、たとえ右転抵当権の取得につき民法三七六条一項所定の要件を未だ具備しておらず、したがつて、右権利そのものを行使し、又は権利取得の効果を原抵当権設定者に主張することができない場合であつても、民法九四条二項の関係では、すでに有効な転抵当権設定契約に基づき一定の法律上の地位を取得した者として同条項にいう善意の第三者に該当するものということを妨げないと解すべきであるから、原抵当権設定者は、これに対する関係では、右原抵当権が虚偽仮装のものであることを主張することができないというべきである。そして、前記原審の認定するところによれば、本件において、上告人は訴外原の有する本件原抵当権が当事者の通謀による虚偽仮装のものであることを知らずに同訴外人から本件転抵当権の設定を受けたというのであるから、被上告人は、上告人に対しては、右原抵当権が虚偽仮装のものであることを主張することができないものといわなければならない。

ところで、被上告人の上告人に対する本訴請求は、さきに述べたように、本件転抵当権が被上告人に対抗しえないこと、その意味において被上告人に対する関係では不存在というべきであることを理由として右転抵当権設定登記の抹消を求めるものではなく、本件原抵当権設定登記の抹消登記を表現するにつき上告人の有する転抵当権設定登記の存在が支障となつているので、上告人に対し、不動産登記法一四六条による登記上の利害関係人として右抹消についての承諾すべきことを求めるものであり、被上告人が右原抵当権設定登記の抹消登記を請求する理由は、右原抵当権が当事者の通謀による虚偽仮装のものであるというにあるのである。したがつて、問題は、上告人が、前記登記にかかる転抵当権の存在自体を被上告人に対抗しえないにもかかわらず、なお前記のように被上告人から右原抵当権設定の無効を対抗されない地位にあることを主張して右原抵当権設定登記に対する承諾を拒み、自己の有する転抵当権設定登記を保持することができるかどうかに帰するものというべきところ、原審は、その結論においてこれを否定するのであるが、当裁判所は、次の理由により、逆にこれを肯定すべきものと考える。

すなわち、転抵当権の設定を受けた者が民法三七六条一項の規定との関係で右転抵当権の取得を原抵当権設定者に対抗しうるかどうかということと、その者が右転抵当権設定登記を取得し、かつ、これを保持しうるかどうかということとは本来別個の問題であり、転抵当権の設定を受けた者は、民法の右規定による対抗力の取得の有無にかかわらず、転抵当権設定者に対して有する契約上の登記請求権に基づいてその設定登記の実現をはかることができ、その反面、すでに右転抵当権設定登記を得ている場合には、原抵当権設定者に対する関係においても、被担保債権の消滅による原抵当権の消滅等自己に対抗しうる原抵当権設定登記の抹消原因が存在するときでなければ、その抹消登記についての承諾請求があつても、これを拒否して自己の転抵当権設定登記を保持しうる地位を有するものであり、この場合、前記転抵当権取得の対抗力の有無は、右の転抵当権取得者に対抗しうる原抵当権設定登記の抹消原因の成否との関係で問題となりうるにすぎないと解されるのである。そうすると、本件においては、上告人はすでに本件転抵当権設定の附記登記を得ており、他方被上告人の本件原抵当権設定登記の抹消の原因は、右原抵当権が被上告人と訴外原との通謀による虚偽仮装のものであるというのであつて、右理由は前記のように本件転抵当権の対抗力の有無とは関わりなく上告人に対抗することができないものであるから、上告人は、このような原因による原抵当権設定登記の抹消に対しては、その承諾を拒否することができるものといわざるをえない。

四してみれば、原判決中、被上告人の本訴請求を認容した部分は、結局、民法三七六条一項の解釈、適用を誤つた違法があることに帰するところ、右違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、同旨をいう論旨は理由があり、右部分は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実関係のもとにおいては、被上告人の本訴請求が理由のないものであることは、前記説示に照らして明らかである。したがつて、被上告人の請求を棄却した第一審判決は正当であり、被上告人の本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきである。

同第三点について

一上告人の反訴請求は、要するに、(1) 上告人は、前記上告理由第一点及び第二点に対する判示中に明らかにされたように、訴外原に対し、合計四九五万一〇〇〇円を貸し付け、本件不動産につき転抵当権の設定を受けたから、右貸付の時点で訴外原の被上告人に対する仮装の貸付債権につき法律上の利害関係を生じたものであるところ、右貸付の当時、上告人は右貸付金債権が仮装のものであることを知らなかつたから、民法九四条二項の善意の第三者に該当する、(2) その後、昭和四七年三月二一日、上告人と訴外原との間で、同訴外人において上告人に対し、前記貸金合計四九五万一〇〇〇円と他二口の貸金合計三〇万円と併せて同月末日限り支払うとの裁判上の和解が成立した、(3) 上告人は、昭和五〇年一一月二六日、右和解調書に基づき、訴外原を債務者とし、被上告人を第三債務者として右貸付金債権七〇〇万円のうち四九五万一〇〇〇円について債権差押及び取立命令を得、右決定正本はそのころそれぞれ訴外原と被上告人に送達された、と主張して、上告人に対して右四九五万一〇〇〇円の支払を求める、というのである。

二思うに、民法九四条二項所定の第三者の善意・悪意は、同条項の適用の対象となるべき法律関係ごとに当該法律関係につき第三者が利害関係を有するに至つた時期を基準として決すべきものと解するのが相当であるところ、本件反訴において、上告人は、転抵当権を行使するのではなく、その主張の貸金債権についての債務名義である和解調書に基づく強制執行として得た債権差押及び取立命令による取立権を行使するものであるから、上告人が本件原抵当権の被担保債権である貸付金債権七〇〇万円のうち四九五万一〇〇〇円について利害関係を有するに至つたのは、上告人が訴外原に右金員を貸し付けて転抵当権の設定を受けた時ではなく、上告人がこれにつき債権差押命令を得た昭和五〇年一一月二六日である、と解すべきである。しかるところ、原審の確定するところによれば、本件原抵当権及びその被担保債権の仮装のものであることを主張して本件転抵当権設定登記の抹消を求める被上告人の本訴の訴状が上告人に送達されたのは昭和四九年七月一九日であり、その後の訴訟の経過により、上告人は、前記債権差押命令を得た当時、本件原抵当権が虚偽表示によるものであつて、その被担保債権が存在しないことを知つていた、というのであるから、上告人がその差押にかかる四九五万一〇〇〇円の債権が存在しなかつたことについて民法九四条二項所定の善意の第三者といえないことは明らかである。してみれば、これと同旨の判断のもとに上告人の反訴請求を排斥した原審の判断は、正当である。

もつとも、原審が、上告人の請求を排斥するについて、上告人が本件原抵当権の被担保債権について法律上の利害関係を有するに至つたものといえない理由として、上告人は本件転抵当権の取得をもつて被上告人に対抗しえないものであることを挙げていること、右理由が必ずしも当を得たものといえないことは、所論のとおりである。しかしながら、右は、原審が付加的に説示した理由付けにすぎないものであることは、原判決の判文に照らして明らかであるから、右説示部分の違法をいう論旨は、ひつきよう、原判決の結論に影響を及ぼさない原判決の見解を論難するにすぎないことに帰する。したがつて、論旨は、採用することができない。

結論

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九二条の規定に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤崎萬里 本山亨)

上告代理人貝塚次郎の上告理由

第一点 民法第三七六条一項の効力について。

一、思うに、法規定なるものは、一般的、普遍的に適用して不合理が存しないものであるべきであつて、特定の場合には特段の不合理はないが、別の場合には矛盾、不都合を生ずるということがあるときは、その法規定の法規定としての価値を問い直さなければならないものであり、その存在意義と効力が問題にされなければならない。

このような考え方(成文法規定の意義を問い直すという)は、例えば、利息制限法の解釈における超過利息元本算入、不動産登記における背信的悪意者の理論、法人格否認の法理など広く認められているところである。

二、これを本件について見るに、原審は、本件がたまたま抵当権の二重処分がないことに着眼して、民法第三七六条一項を適用して上告人の有する転抵当権の効力を否定した。

けれども上告人は前記一並びに後記三の理由から、原審の法律解釈は誤つていると考えるのである。

三、そもそも、上告人が既に原審でも主張した(昭和五三年二月二二日付被控訴人準備書面三項、同年三月二七日付同人準備書面二項)ように(本件においては二重処分はないが)、抵当権の二重処分がなされ、一方の処分においては本件のように抵当権の譲渡若しくは転抵当権設定の附記登記がなされ、他方の処分においては民法第四六七条所定の通知がなされたという場合において、一体、誰が抵当債務者に対し抵当権を主張できることになるのか、又、抵当債務者は誰に弁済すれば抵当権の抹消を求め得るのか、民法第三七六条一項を有効不動のものと考える限り、法規定の形式的解釈の上からは正当な結論を導き得ない(上告人訴訟代理人の知る限り、右の関係を詳細、明確に論じた判例、学説はない)。これは民法第三七六条一項と同法第三七五条二項との規定が実質的に相互矛盾するからである。

そして、右の場合の一つの解決方法は(上告人が原審で主張したように)抵当債務者が債権者(原抵当権者か、原抵当権の処分受益者の内、通知を経した者か、附記登記を経由した者か)を確知し得ないことを理由に右三者を被供託者として弁済供託をして、抵当権乃至その附記登記の抹消を求め、一方において、抵当権処分の附記登記を得た者が通知を経た者に優先して(民法第三七五条二項)その弁済を得ることである。そしてこれ以外にはない。

然りとすれば、二重処分があつて民法第四六七条所定の通知を経た者が別にあつても、尚且つ、抵当権処分の附記登記を経た者が最終的に抵当権による弁済を確保し得るものである以上、二重処分も存しない本件において、抵当権の処分を得、附記登記を了した上告人が弁済を得ることを妨げる理由はない。

四、原審が右の重要な論点を避けて、唯、形式的に民法第三七六条一項を挙示するのみであるのは遺憾に堪えないところであつて、法律審である最高裁判所においてこの点についての判断を得たいと考える。

第二点 被上告人に転抵当権附記登記の抹消登記手続請求権があるかについて。

一、原審は、上告人の有する転抵当権が被上告人に対抗し得ないとの理由で附記登記請求を認めたが、右の点についても法律解釈に誤りがあると、上告人は考える。その理由は左のとおりである。

二、訴外原の有する抵当権が被上告人との間の通謀虚偽表示によるものであつて、右当事者間においては有効なものでないことは当事者間に争いがないが、右無効はこれを以つて善意の第三者に対抗できないから、善意の第三者である上告人に対する関係では、被上告人は右抵当権の有効を主張する上告人に対抗し得ない(原審もこれを認めている)。

従つて、上告人の利害に関する限り、右抵当権は有効なものである。

三、さて、甲が抵当債務者、乙が抵当債権者として有効な金銭貸借と抵当権設定契約がされ、更に右抵当権が登記された後、乙がその有する抵当権について丙のため転抵当権を設定し、丙が附記登記を了したが未だ乙から甲に対して民法第四六七条所定の通知がされない以前において、甲は丙に対して転抵当権附記登記の抹消を求め得るか。これが本件の法律問題である。

四、原審は「上告人の有する転抵当権を以つて、被上告人に対抗できない」との理由で右附記登記の抹消を認めたが、対抗できないということから直ちに登記の抹消を請求できるという法律解釈は成立たない。原審は右登記抹消請求権は何を根拠にした、如何なる法的性質のものかについての説示を全くしていないのである。

五、上告人は、仮りに第一点の主張が容れられないとしても、転抵当権附記登記の抹消を請求される謂れはない(言葉をかえれば被上告人には右の請求権はない)と考える。即ち、

(一) 対抗できないということから当然登記抹消請求権があるとは言えない。

例えば、甲から土地所有権の移転を受け、その旨の登記を了した乙が所謂背信的悪意者に該る場合、右土地の賃借人で未登記家屋の所有者である丙に対し、家屋収去、土地明渡の請求は認められないが、しかしだからといつて、丙が乙に対し、乙の甲から受けた所有権移転登記の抹消登記手続請求をすることは許されない。それは右の場合において乙が所有権の効力を丙に主張し得ないということと、乙の甲からの所有権取得が無効だということとは別箇の事柄であるからである。

本件において、被上告人が上告人の有する転抵当権附記登記の抹消を求め得るとすることは、即ち、被上告人に原抵当権者である訴外原降光と上告人間の抵当権処分の契約を否定させることになる。そんな権利は被上告人にはない。たまたま、本件は、被上告人と訴外原降光間の原抵当権設定契約が通謀虚偽表示であるために、当事者問では無効であることにより、被上告人において「本件転抵当権附記登記の抹消が得られさえすれば、更に原抵当権設定登記の抹消を得られる」という特殊事情があるから間違え易いが、前記二項で述べたように、原抵当権は有効なものとして取扱われるのであるから、本件は転抵当権附記登記の抹消は出来ても原抵当権設定登記の抹消は出来ない場合として考えなければならないものであつて、然りとすれば、原抵当権債務者が抵当債務の弁済もせず、従つて原抵当権設定登記の抹消請求も出来ないのに、原抵当権者が有効にした抵当権処分の効力を否定できるという考えが誤りであることは明白であ。

六、問題は(上告人の転抵当権附記を以つてしては被上告人に対抗できず、その故に)上告人は転抵当権の実行が出来ず、他方、被上告人は転抵当権附記登記の抹消が出来ないという法律的に不明確、不安定な状態が継続することの不都合であるが、このような不都合は結局のところ、「民法第三七六条一項と同法第三七五条二項」との、「一見相当の如くに見えるが、具体的事案にあてはめて見ると前記のような矛盾、不合理のある」両規定を並存しておくことに由来している。上告人の主張するように民法第三七六条一項を無視すれば問題は合理的に解決する。

第三点 民法第九四条二項の適用を受けるための「通謀虚偽表示との間で利害関係を生じた」となすべき具体的事実関係は何かについて。

一、右は上告人の反訴請求に関するものであつて、「民法第九四条二項の善意は、第三者が通謀虚偽表示との間で如何なる関係を生じたときに存することを要するか」の問題である。

二、上告人は右の点について、「第三者が通謀虚偽表示と接触し、右表示の有効な存在を前提にした法律上の利害関係を持つた際に善意であることを要し、又、これを以つて足りるものであつて、右法律上の利害関係に基づく権利の確保について、具体的な法律上の措置をとる時点まで善意が存することを必要としない」と解するのである。

三、然るに、原審、第一審共(若干、趣旨不分明の嫌いがあるが)上告人の理解する限りにおいて、「権利確保のために何らかの具体的な法律上の措置をとつた」時点において善意であることを要すると解釈する如くである。即ち、

(一) 第一審は、この点について「金員貸付の時点では本件抵当権につき転抵当権の設定を受けたに過ぎず、被担保債権については何ら権利確保の措置がとられていない。そして転抵当の性質は原抵当権のみを被担保債権と切り離して独立に担保に供するものであるから、転抵当の設定のみを以つて当然に原抵当権の被担保債権について法律上の利害関係を生ずるに至つたとは言えない」と言い、

(二) 原審は、右第一審判決の理由説示を援用する外、更に、「本件転抵当権は被上告人に対抗し得ないものであるから転抵当権の設定によつて上告人が原抵当権の被担保債権によつて法律上の利害関係を有するに至つたと言えないことは明らかである」というのであるが、第一審、原審共、法律解釈を誤つていると考える。

四、原審は、「転抵当権が対抗要件を欠くことにより、原抵当権について転抵当権設定契約をしても、被担保債権について法律上の利害関係を有するに至つたとは言えないことは明らかである」というけれども、転抵当権が対抗要件を欠くかどうかということは、被担保債権との間に法律上の利害関係を生ずるかどうかということは全く無関係のことであるから、両者が関連あるよういうことが誤りであることはそれこそ「あきらか」である。又、第一審の理由説明の「金員貸付の時点では本件抵当権について転抵当権の設定を受けたに過ぎず、被担保債権については何ら権利確保の措置がとられていない」という理由説明は若干不明確であるから別けて検討を要する。

不明確というのは、右に謂う意味が、文字通り、「民第九四条二項の適用を受け得るには単に第三者が通謀虚偽と接触し、右法律行為の有効を前提とする法律上の利害関係を生じた時点で善意であるを以つては足らず、自己の利害関係に基づき、権利確保の手段をとる時点まで善意であることを要する」と言いたいのか、若しくは「金員貸付の時点では原抵当権につき転抵当権の設定を受けただけであるから、原抵当権の被担保債権については法律上の利害関係を生じたとは言えない」といつているのか判然しないからである。

そして、第一審判決理由が前者の意であるとしても、後者の意であるとしても共に誤つている。

五、第一審判決の前者の意としての理由及び原審判決は、要するに、「権利確保のための手段をとつたときに善意であることを要する」というのであるが、それはおかしい。

例えば、「甲が乙に土地を売渡した契約が通謀虚偽のものであるとき、丙が善意であつたため、乙と売買契約をした。然るに乙がその後、丙に対する土地の所有権移転登記義務を履行しないために、丙が右土地につき処分禁止の仮処分をし、本訴を提起したが、右仮処分をした時点では、乙から告白を受けて、甲乙間の売買は通謀虚偽表示であることを知つた」という事案において、上告人の解釈によれば丙の請求認容であり、第一審、原審の解釈によれば、丙の敗訴となる筈であるが、丙敗訴は九四条二項の規定の趣旨に反する。

そもそも、法律上の利害関係を生ずるということは「通謀虚偽表示の存在を知つて、これに関して法律行為をすること」であつて、「その法律行為の権利確保のための法律上の措置をとること」をいうのではない。第一審、原審共両者を混同しているから右の誤りを犯すのである。

これを本件について言えば、上告人は訴外原降光の申向けと登記簿の記載により、訴外原が「被上告人に金七〇〇万円の貸金債権を有し、又、その担保のために原抵当権を有する」と信じ、右権利の存在を前提にして訴外原に金員貸与をしたのであつて、右金員貸与が即ち法律上の利害関係を構成する法律行為である。後日、右貸金債権に基づき、被担保債権につき債権差押の手続をとることは、第一審判決のいうような「権利確保の措置」であつて、「法律上の利害関係の発生」ではない。このことは本来、多言を要するまでもないことのように思う。

六、次に、第一審の理由で「転抵当権の設定契約は被担保債権と切離して出来るから、転抵当権の設定契約をして金員貸与をしたことは被担保債権に関して法律上の利害関係を生じたとは言えない」という点であるが、抵当権が有効に存在するということは被担保債権が存在するということである。そして、上告人は抵当権が有効であり、被担保権があると考えたから、これを担保に金員を貸与したのである。「被担保債権には関係ない。転抵当権だけをあてに金を貸す」などと両者を区別し、別けて認識することは社会通念として考えられないし、そのような経験則も有り得ない。被担保債権があると思えばこそ、そしていざという場合は被担保債権の債務者から取立ても出来ると思うからこそ、金を貸すのであり、本件の場合も貸したのである。被担保債権があるかないかには関係ないと思うわけがない。たまたま被上告人が争つて来たから本訴になり、転抵当権だけが当初問題になつたに過ぎない。

第一審の右理由説明は、経験則に違反し、且つ法律解釈を誤つている。

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